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【三体思想】第一部★環世界・客体化・幅化について

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natan
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私の宇宙からこんにちは、natanです。

今日は、三体の思考に重要なキーワード「環世界」についてのお話です。

環世界とは?

natan
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これまでも何度か環世界というワードが上がっていますが、三体としての環世界についてお話していただけますか?

Ricardoさん
Ricardoさん

環世界という言葉もAnimandalaの天海ヒロさんに教えていただきました。

Ricardoさん:元はドイツの哲学者ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが提唱した概念です。

身体性に応じた空間観があるという話で、基本的には動物の種ごとに違う世界観があるということ。

体の構造が違うだけでなくて、知覚器官も構造が違いますし、行動様式によって空間の意味合いも違うというのがユクスキュルの話です。

ユクスキュル

Ricardoさん:それに対してAnimandalaの場合は、人間の意識というのは身体の構造に囚われる動物とは違って、身体の構造に囚われない自由度を持っているといいます。

Animandalaの中でサメの意識、トラの意識と表されるように、意識の有り様に応じた世界観として、環世界というワードを拡張して使われています。

三体の場合の環世界は、同じ人間でも子供の成長段階に応じて変化していく環世界や、生命の変化に応じて変わってくる環世界というのを身体の構造と紐付けて使っています。

子育てを通して感じたこと

大人と子供の環世界の違い

natan
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実体験として、Ricardoさんが子育てを通して感じた環世界の具体例はありますか?

Ricardoさん:うちの子供がまだお座りぐらいしかできなかった頃、背後からボールを転がして子供の視界にボールが入った時点でキャッキャ言いながらそれとたわむれる様子を見て微笑ましく思っていたんです。

大人の環世界からすると、大人はもっと構造感が広いので、子供の背景まで含めて全部を見渡していて、自分が子供の背後からボールを転がして、それが子供の前に現れてたわむれる様子を見ているんです。

子供の環世界からすると、視野の届かない背後の世界は存在していなくて、あるタイミングで突然ボールが自分の世界に現れてきたと思ったんじゃないかなと。

その様子を見て、子供はそういうふうに世界を捉えているんじゃないかなと思ったんですよね。

ハイハイ

Ricardoさん:なぜそう思ったかというと、乳幼児期の子供の世界に突然現れるボールは、大人であれば「どこから来たの?」とふり返ったりするじゃないですか。

だけど、その頃の子供は「どこから来たの?」なんて意識もしないし、その素振りも見せない、目の前に現れたボールを追いかけるのに必死なんです。

そして、ボールが何かの影に隠れてしまうと、ボールは世界から消えた!ボールがない!ボールがない!と必死に手の届く範囲でしか探さないですよ。

そういう様子を見ていると、子供にとっての環世界と大人の環世界は全然違うんだなと思いましたね。

子供にとって空間自体が心の世界

Ricardoさん
Ricardoさん

さらに、成長することで身体の次に自我の発達に伴う環世界というのが出てくるんですけども、幼稚園くらい6~7歳頃の子供って、思ったことを全て口に出すようなことがあるじゃないですか。

Ricardoさん:環世界のことを考えれば、子供にとっての世界は目の前の空間自体が心の世界なので、口に出すことはもちろんのこと、自分の感情が直接空間に現れるんです。

たとえば、喜ぶときにはぴょんぴょん跳ねて喜ぶんですけど、本人たちにしてみればおそらく、喜ぶからぴょんぴょん跳ねるのではなく、空間自体がわーっと脈動するから自ずと体が飛びはねていたというふうに捉える方が自然じゃないかなと思ったんです。

飛び跳ねる子供

Ricardoさん:大人だったら自分の中の心の変化があって、それを行動に移すことを当たり前に思うわけですけど、そうではなくて、子供の飛びはねている様子などを何度も何度も見ていると、「あれ?大人が考えているように捉えるとちょっとおかしいんじゃないか。」と思い、逆に捉えてみたらどうかと考えてみると、子供の心に変化があるときは身体が自ずとついていっているんですよね。

そういった自我における環世界は、本人たちの心情感を表すように、身体も自ずと表現をするというふうに捉えたほうが自然だなと子供の成長を見ていて思うときがありました。

natan
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さすがに直接娘さんから感想を聞くというのは難しいですか?聞いてみたことはありましたか?

Ricardoさん:当時は自分の中でもまだ環世界について整理されていなくて、どういうふうに聞くかというのもありましたし、どういうふうな表現をしてくれたらそういうことだとわかるかというのもなかなかなくて。

その頃の子供は「うれしい!うれしい!」というような直接的な表現しか言わないし、言葉より体の方がじょう舌にものを表現してくれているので、身体の様子を見ながら、どういうふうに反応したり、仕草に現れているのかを見ている方が、意識がどう働いているのかを伺いしれたので、基本的には身体や行動を観察することの方が多かったですね。

natan
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空間の階層性でいうと、幅化する前の幼児は自我空間ではなく、人体空間を捉えているということになるのでしょうか?

Ricardoさん
Ricardoさん

そうですね、言葉をしゃべり始める1~3歳くらいまでなら自我が形成される初期なので、ギリギリ人体空間を捉えている可能性はあるかもしれませんね。

空間構造

客体化と幅化について

客体化とは

natan
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環世界の話を聞いていると「客体化」「幅化」というのがキーワードのように感じます。そもそも客体化とは何ですか?

Ricardoさん:これまで話してきた幼児の環世界は主観的な世界観なんですが、必ずしも世界観は主体的な視点だけにとどまらず、成長においては客観的な視点というのが現れて確立されてきます。

その客観的な視点、世界観がどういうふうに作られていくかというと、自分の世界においては自分だけでなく他者が存在して関わることで、客観的に見られている自分というのを作り上げていくわけですよね。

ママと赤ちゃん

Ricardoさん:客観的な自分を作り上げていく経緯というのは、生まれた瞬間から赤ちゃんは親の目にさらされるわけですよ。

赤ちゃんは子供や大人と違い、統合された自分の身体像は持っていないとされています。

目や感覚を通して得られる空間の中に意識が向かうのは、腫れぼったい膨らんだ手足やお腹などを認識する以前に、対峙している空間側の方ではないかと考えました。

その中で親の目線が子供に注がれて、「何かに見られている」というような感覚を得ながら、見られている相手(親)の身体のカタチを見るわけですよ。

子供が動き回れるようになってくると、親の全体像を見ていくうちに自分自身も手足を動かしながら、手や足が触れる感覚と、「見られる」行為と同時に親の身体構造と自分のそれとの突き合わせを少しずつしていくんでしょうね。

そうしたいろんな経験の中で、幾度となく物に触れて「ああ、これが手だ」と理解していく。

赤ちゃんとおもちゃ

Ricardoさん:物に手が触れるということは、物を触っているだけでなく、触った感覚というのが自分へフィードバックされるので、「触ったこれは手だ」とか、蹴ったのはボールだというだけでなく「蹴ったのは足だ」というふうに、少しずつ身体の感覚を得て、それが一つの身体の一部だという感覚を少しずつ少しずつ積み重ねていくわけです。

それがラカンのいう鏡像段階ではないかと思うんですが、他者の構造感が自分の中に入ってくることで、「他者から見る他者としての自分の像」「客体の像」として自分の体をイメージしていく、それが客体化ではないかと思います。

幅化とは

Ricardoさん
Ricardoさん

また「幅化」というのは、幼児期くらいの子供は持続的な奥行きの中で生きていて、この後の成長の過程で親からの視線と共に言葉が与えられ、自分も言葉を話すようになっていく中で、言語空間というのができてきます。

空間内の物が名指され、関係や意味をもつ空間となっていくのが言語空間ですが、その言語空間ができていくのに合わせて、名や意味、関係を示す言葉は、主観側からだけでない客観的に物を見る・名指す位置が出てくるわけで、そうやって物や空間に側面としての「幅」が出てくることが「幅化」ではないかと思っています。

赤ちゃんとブロック

物が幅化して現れてくることと合わせて、自分の体も客体化することをそこに重ねるので、そういう意味で「空間の幅化」と「身体の客体化」は同時に起きてくると考えています。

そしてそれが持続的な奥行きだったところからψ1~2としての空間ができてきて、幅的な時間が現れてくるというようなところに紐付いてくるんじゃないかなと思っています。

natan
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これまでの身体の成長に合わせて空間の見え方が変わってくるところから、今度は意識の方が育っていくというステージに入っていく感じですか?

Ricardoさん:そうですね。空間の階層性でいうと、1歳までの頃は人体としての空間を形作っていて、その中に今度は人間意識としての自我の空間を形作っていくようになります。

そこにおいては、客体化という概念と、言葉によって名指し名指され、物質を共有視する幅化という概念ができてくることで、人間意識の自我空間が出来上がってくるんじゃないかなと思っています。

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