私の宇宙からこんにちは、natanです。
れからヌーソロジーの空間認識を学んでいきますが、その前に大切なお話をしたいと思います。
ヌーソロジーでは、無限遠点にいる本当の「わたし」の位置を見つけ出していきます。
そのため、
この物質に縛られた意識から反転しなきゃ!
今のままではいけないんだ!
と思われている方もいらっしゃるかと思います。
私も「反転、反転」と何度も言ってきたので、そう強く思わせちゃってる部分があるかと思います…(T_T)ゴメンナサイ
今日は正しい空間認識を学ぶ前に、私なりの考えをお話したいと思います。
大切なのは「認識の反転」
私個人の意見として、先に結論をお話すると…
「この物質世界を”外”から見ているわたし」という意識を顕在化させなくても別に問題はない
と思っています。
「意識の反転」とは、物質世界を外から見ている「わたし」という位置を顕在化させることを重視するのではなく、
空間に対する認識を反転させようよ。
物質に対する認識を反転させようよ。
ということだと思うのです。
ヌーソロジーはとくに、空間認識を変えていくことが面白い部分なので、そこに意識が集中して「無限遠点の”わたし”の位置を見つけなきゃ!」と一生懸命になるのかもしれません。
ですが、きっと半田さんご自身も、それを強制しているわけではないと私は思います。
求めることはただシンプルに、「認識の反転」なんだと思うのです。
私の実体験
それでも、どうしても「無限遠点にいる本当の”わたし”を顕在化させたい!」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。
そこでちょっと、私の実体験をお話させてくださいね。
私の意識には二つの意識があります。
一つは、この世界を外から見ている「わたし」。
もう一つは、この世界を内側から見ている「わたし」。
みなさんが目指すものは、「この世界を外から見ている”わたし”」を顕在化させることだと思います。
この世界を内側から見ている私は、物質世界に縛られているから。
でもね、この世界を内側から見ている「わたし」という存在も確かに「わたし」なんです。
そして、その内側から世界を見ている「わたし」という存在は、
けっして意識が反転していないガッチガチの人間型ゲシュタルトではない
と私は思っているんです。
なぜなら、以前の記事でお話した通り、
今の私を包み込んでくれている空間そのものが「わたし」だからです。
そこに気づいて、その空間とのつながりを深めるということも大事だと思うのです。
内側からのアプローチです。
この内側からのアプローチという行為も、しっかり「認識の反転」が成されているからこそ行えることだと思います。
だから、「外から見ている”わたし”」だけを追い求めなくてもいいと考えています。
実際、内側にいながらも空間とのつながりを少しずつ深めていくことによって、空間との分離感は依然としてあるものの、「わたし」という存在のとらえ方が変わってくると感じます。
もう一人の「わたし」に支えられている。
そんな気持ちが生まれてきます。
「わたし」が二人いるんです。
実際、私はそう感じています。
分離感が依然あったとしても、無限遠点に立てなくても、もう一人の「わたし」に気づいてあげることも大事だと思うのです。
シュタイナー的にいうのなら、
低次自我と高次自我の出会い
です。
この出会いは本当に感動します。
無限遠点に立つより難しくないと思います。
空間、それはあなた
草木や花々から優しさを感じたことはありませんか?
いつも何気なく見ている置物やぬいぐるみなどから、優しさを感じたことはありませんか?
そよ風が優しく自分を包んでくれたことはありませんか?
それ全部「あなた」なんです。
この記事を読んでくださっている「あなた」自身なんです。
そこに気づいてあげてください。
ヌーソロジーは補助的ツール
そして、けっしてヌーソロジーを全部理解しなければいけない!ということでもありません。
ヌーソロジーは意識の反転をもたらす補助的な存在です。
なのでヌーソロジーが難しすぎて理解できない場合は、自分がわかるところだけを頭に入れていただき、内側からのアプローチの方に意識を切り替えてみてください。
こういう考えはOCOT的にNGなのかもしれませんが、でも私は物質世界にいる自分自身も大切にしたいと思っているんです。
だって私は、この物質世界と、自分という自我が大好きだから。
内側からのアプローチを続けることによって、今度は外側も顕在化してくると思います。
なのでヌーソロジーを自分がわかる範囲で学びながら、いつか外側が顕在化してくるその日まで、内側の自分と、それを包み込んでくれているもう一人の「わたし」との絆を深めてください。
ヌーソロジーの知識が、いつか真の宇宙にいる本当の「あなた」へと導いてくれるまで。
内側の自分も大切にしましょ☆
まとめ
あと、シュタイナーは人間が空間の中に精神を認識し出すのは、第六文化期以降だとしています。
つまり、空間に対する認識が変わる時代が、第六文化期以降ということになります。
それは西暦3573年からはじまります。
なので、ヌーソロジーがやろうとしている空間認識は、ザッと計算してみると…
約1,500年フライングして取り掛かっている
とのことでした(笑)
あまりにも早くこの課題に取り掛かっているので、今の私たちは気長に学んでいきましょう。
焦る必要はまったくありません♪
正しい空間認識のお話に入る前に、ぜひお伝えしておきたかったことなので、今日お話させていただきました。
次回もお楽しみに♪
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