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【ψ3~4】自我は主体にとって「他者の他者」―顔面は主体の「後ろ」にあるもの

空間認識3-4_15ヌーソロジー
natan
natan

私の宇宙からこんにちは、natanです。

今日は、私たちが認識している「顔」についてお話したいと思います。

◎前回までのお話はこちら↓

この記事で学べること
  • 「後ろ」は見えない、想像的なもの
  • 他者の視点が反転することによって出現する顔面イメージ
  • 主体にとって自我は「他者の他者」の意味
  • 本当の顔とは何か?

この記事の内容はψ3~4の学習になります。

次元階層の表
記事を読むときの注意点

以下の解説は、本家ヌーソロジーの内容を私流に解釈したものです。本家ヌーソロジーの解説とは異なりますので、ご理解のほどよろしくお願いします。

「後ろ」は想像的なもの

「後ろ」は見えません。

すごく当たり前の話ですが、私たちは「後ろ」は見えなくても「ある」と思っています。

「後ろ」は他者や鏡を通して見る世界のため、自己において本当は「後ろ」など存在していないのです。

  • 前は<現実的なもの>
  • 後ろは<想像的なもの>

ヌーソロジーでは、自我のことを「想像的自我」と表現します。

自我さえも想像でしかない、ということでしょうか?

ψ3~4_03

「見ることそのものが光」、それが「前」の別名であるならば、「後ろ」とは「見えないこと」の別名であり「闇」の世界でもあるといえます。

しかし、自我という存在は、この闇の世界を拠り所にすることで、はじめて成立することが可能になる生き物です。

自我のあり方は、本来、他者の眼差しの中にさらされることによって、そこからはじめて受動的なものとして立ち上がってくる存在だからです。

人間の内面と外面02

「他者の眼差しに映された私の顔」

自分の顔は自分にはけっして見ることができないので、主体は自分の顔を「他者の視野」という鏡を使って、想像的に見るしかないのです。

そして、その想像的なイメージに自分を同一化させることによってはじめて、自分が顔を持った人間なのだと知るに至ります。

顔はワタシの「後ろ」にある

ではここで、実際に鏡を覗いてみてください。

鏡

よくよく見てみると、そこに映しだされているのは「ワタシの顔」というよりも、「ワタシの後ろ」と言った方がより正確です。

つまり、

顔というのは「ワタシ」の背後世界を代表している「代理イメージ」

なんです。

ここでいう「ワタシ」とは、自我意識(ψ4)の「私」ではなく、主体(ψ3)としての「ワタシ」のことです。

反転による顔面イメージの登場

最初は「前=視野空間」そのものだった主体が、他者の眼差しに映しだされた顔と同一化することによって、そこに自分を重ね合わせてしまう。

ここで正面は一気に背面へとその裏表の関係を反転させられて、そこに自分の顔面イメージが登場してくることになります。

交合円錐05

本来主体とは、「世界にはワタシしかいない」「世界=ワタシ」という単独者として存在していました。

主体と客体

しかしこの顔面イメージは、その単独者である主体に貼りつけられた「世界にはたくさんの人間がいて、わたしはその中の一人である」という、個別者としての仮面(ペルソナ)を作りあげます。

そして、この仮面には氏名が与えられ、それが社会的存在の証明書となります。

ペルソナとは?

人格のこと。心理学では外向きの(表面的な)人格。

ペルソナ02

顔面とは主体の「後ろ」にあるもの

しかし、何度もお話しているように、主体には顔などありません。

主体の視点に立って、顔面というものを考察してみると、顔面とは「知覚背面(わたしの後ろ)」のことになるのです。

くり返しになりますが、ここで言っている「ワタシ」とは、自我意識(ψ4)としての「私」ではなく、主体(ψ3)としての「ワタシ」のことです。

顔面とは主体の「後ろ」にあるもの

というような、摩訶不思議な話になるのです。

鏡に映しだされている世界は、主体にとっての「後ろ」なので、顔は「前」に付いているというより、主体の「後ろ」に付いていると考えるべきなのです。

他者の他者としての自我意識

私たちが通常使う「わたし」という言葉は、他者にとっての他者として把握された「私」です。

こうした「私」が前方に見ている方向は、もはや他者の後ろでしかありません。

ヌーソロジーでは自我のことを、

他者の他者

とよんだりします。

その言葉の意味は、主体にとって、世界の中に存在する他者を「第一の他者」とするならば、自我はその第一の他者から反射して生まれる意識のため、主体にとっては「第二の他者」になるのです。

  • 世界の中に存在する他者=第一の他者
  • 他者を鏡として生まれる自我=第二の他者

よって、自我は主体にとっての「他者の他者」になります。

natan
natan

ん~!なんとも複雑なお話!

今私たちが見ている「前」という世界は「他者の後ろ」であり、主体としての「前=視野空間」ではなくなってしまっています。

「前」とは本来、主体そのものだったのに…。

本当の顔とは「面」のこと

私は「natan」という仮面をかぶって、この世界に存在しています。

もちろん、みなさんも同じです。

では、私たちの本当の顔とは一体何なのでしょうか?

仮面ではない本当の顔は、昔風に言えば

面(おもて・めん)

になります。

時代劇でよく聞く、「面を上げぇ~い!」の、あの「面(おもて)」です。

昔の人だったらきっと「面を上げぇ~い!」と言われたら、顔を上げることでしょう。

土下座

半田さんとOCOTとの会話でこのようなやり取りがあったそうです。

半田広宣さん
半田広宣さん

人間が見ている世界とは何ですか?

OCOT
OCOT

面(めん)です。

OCOT情報では「面(めん)」というのは、「目に見える世界そのもののこと」をいうそうです。

それはまさしく、今私たちが「前」に見ている世界そのもの。

前=視野空間=視面

そう…、

今目の前に見ている世界そのものが「ワタシ(アナタ)」の素顔

なのです。

まとめ

今日のお話は、ものすごく難しい内容であることは百も承知です!

しかし、このお話の意味が本当に理解できたとき、私の意識に驚きの変化が起こりました。

すぐに理解できなくても大丈夫ですので、何度も何度もこの文章を読んで、この話は何を伝えているのか自分なりに思考してみてください。

次回もお楽しみに♪

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