ご質問は随時受付中♪お気軽にどうぞ♪

【ψ3~4】視面は視点へと変わっていった―交合円錐でみる自我意識形成のメカニズム

空間認識3-4_14ヌーソロジー
natan
natan

私の宇宙からこんにちは、natanです。

今日は、主体側(ψ3)の視野空間がどのように客体側(ψ4)に落とされていったのか、交合円錐の図を用いて解説したいと思います。

※2021/11/12 全体的に修正しました。

この記事で学べること
  • 最初にあったのは「視面」という視野空間
  • 「視面」がどのように「視点」に変わっていったかのメカニズム
  • 背後の空間が出現する理由

この記事の内容はψ3~4の学習になります。

次元階層の表
記事を読むときの注意点

以下の解説は、本家ヌーソロジーの内容を私流に解釈したものです。本家ヌーソロジーの解説とは異なりますので、ご理解のほどよろしくお願いします。

「見ることそのもの=光」は視野空間

もともと「ワタシ」にとって、最初は世界と自分の境界線などありませんでした。

以前、光についてお話したとき、こうお伝えしたのを覚えていますか?

真の主体とは「見ているもの」でも「見られるもの」でもなく、「見ることそのもの」つまり、

であると。

「見ることそのもの=光」とは、別の言葉で言い換えると、

視野空間

のことです。

その視野空間は、今まさに自分の目の前に広がっている世界のことであり、その世界は「見ることそのもの」である光で満たされています。

ということは、見ることが光であるのなら、視線という観点でその世界を捉えてみると、「光で満たされる=視線で満たされている」ということになり、自分が放つ視線は「視点」ではなく、

視面

という表現に変わるかと思います。

一点の視線から見るのではなく、空間全面から放たれる視線、それが「視面」です。

森と光

先に視面があった

ですので、世界にはもともと「視点」よりも先に、「視面」の方が存在していたんです。

それが本当の「ワタシ」の視線です。

本当の「ワタシ」にとっては瞳孔が先にあったのではなく、視野空間が先にあったんです。

この視野空間としての「視面」こそが、本当の「ワタシ」だったのです。

そして瞳孔を通して放たれる「視点」は、他者という鏡を通じた反射物として、3次元空間内に投影されたものに過ぎないのです。

「視面」から「視点」への変遷

上記をわかりやすく図を使って解説してみたいと思います。

下記は、自己と他者の視線を図にしたものです。

交合円錐01

※以下の内容は、本家ヌーソロジーの説明を私流に変えてお伝えします。

※本当は円錐ですが、とりあえず二等辺三角形として見ていただいて大丈夫です。

視面があった

まず最初に、自己と他者それぞれには、真の主体としての視野空間が存在していました。

青い部分が視野空間であり「視面」です↓

交合円錐02

この青い部分を、真正面から見るとこうです↓

主体と客体

視面上に他者の瞳孔が出現する

自己を中心にお話を進めると、本当の「ワタシ」である視野空間上にある日、他者の瞳孔(眼差し)が登場します。

交合円錐03
主体と客体02
真正面から見た様子

視野空間が点へとすり替わる

すると、主体である「ワタシ」が「自分にも目があるのかも?」と思いはじめ、次第に他者と同じ視点を意識の中で獲得しはじめます。

交合円錐04
主体と客体03
真正面から見た様子

自我の視点の出現

するとその視線は他者という鏡を通して世界を捉えるので、他者の瞳孔がそのまま自我の視点と変化します。

交合円錐05-2
主体と客体04
真正面から見た様子

他者も同じ過程を通して、他我の視点を獲得していきます。

お互いが鏡になることで、純粋な「前」という視野空間は後ろを向くことになり、背後に幻想空間が出現します。

上記の図は、自己と他者の視線が交差して、イメージしづらい部分もあるので、あえて自我の視点に立って、上記の図をバラしてみると下記のようなイメージになります。

交合円錐06

私の解説では、「瞳孔」と「視点」を別物として解説しています。瞳孔は身体的なもの、視点は「自我意識」としています。よって、自我の視点は幻想意識ということになります。図内の「自己の瞳孔」と「自我の視点」は別物なのでご注意ください。

まとめ

もともと自分の視線は「点」ではなく「面」であった。

だけど、他者の瞳孔(眼差し)によって自我意識が形成され、「面」は「点」へと変わっていった。

その「点」から世界を見てしまうと、後方に空間が出現してしまう。

私たちにとって当たり前の「後ろ」という空間。

natan
natan

それが幻想だなんて信じられませんね!

これまで「前」についてお話を続けてきましたが、次回は「後ろ」についてお話したいと思います。

次回もお楽しみに♪

コメント

  1. cako より:

    https://www.noos.ne.jp/cavesyndrome/?p=2139

    わたしの視野空間A上に映し出されるあなたの瞳孔Bと、あなたの視野空間A* に映し出されるわたしの瞳孔B*の関係が交合円錐として表されているもの

    ・・・・・・・・・
    瞳孔の自と他が逆になってるのですが、これはどのように捉えるといいのでしょうか?

    • natannatan より:

      cakoさん、ご質問ありがとうございます(^^)

      半田さんのブログ内でも同じ質問があがっていましたね。
      まずは、半田さんの回答は下記の通りでした。

      「もうひとつは、視野空間(視面)が瞳孔(視点)にすり替えられているという状況を分かりやすくするため。
      です。
      ジンゾウさんのモデルでももちろん結構です。ただ、BとB*を交換してしまうと、「視点から広がる視野」という雰囲気が出てきてしまいますので、内面感覚よりの描像になってしまうように思いますが、いかがですか?」

      上記を受けてのcakoさんのご質問はこちらです↓

      >瞳孔の自と他が逆になってるのですが、これはどのように捉えるといいのでしょうか?

      私の解説は、半田さんが後半におっしゃっている「ジンゾウさんのモデルでももちろん結構です。ただ、BとB*を交換してしまうと、「視点から広がる視野」という雰囲気が出てきてしまいます」を解説したものになります。
      たしかに半田さんがおっしゃる通り、「視点から広がる視野」という雰囲気は出てしまったかもしれません(^_^;)

      本家の解説と、私の解説の「瞳孔の自と他が逆になっている」理由は、前回までの記事内容の流れを踏まえて、「ψ3の状態から、後ろに落とされたψ4」を図上でもしっかりと表現したかったという私なりの意図があります。
      半田さんも私も、それぞれに意図があって自他の瞳孔を表記しているので、cakoさんご自身が理解しやすい方を選んでいただいて構いません(*^^*)

      よろしくお願いします。

      • cako より:

        ありがとうございます。半田さんもnatanさんも意図があってそれぞれ表記しているのですね。

        視点から広がる視野のイメージが強いからなのか、natanさんの表記はなんとなく理解できているのですが、半田さんが説明する瞳孔が自他逆の表記はどう見ればいいのか分かりません、、。

        自己の視野空間上に自分の瞳孔があるわけではないですよね?

        また、自己の視野空間上に映っている他者の瞳孔が、視野空間上じゃなくて離れた所に表記されてるのも分からない点です。

        お時間のある時で構いませんので、教えていただきたいと思います。

        • natannatan より:

          cakoさんに謝らなければいけません。
          私が「自己の瞳孔」と「自我の視点」を混同して解説していました。
          cakoさんからの質問によって、再度画像と記事内容を修正しました。

          まず、私がこの記事で伝えたいことは…

          1)自己の視面がどういう過程を経て視点に変わっていったかという自我意識形成のプロセス
          2)自己の視面と他者の瞳孔(自我視点)のすり替わりのプロセス
          3)自我視点は他者の瞳孔そのものである

          ということです。

          大きな修正点は下記です。

          自我の視点は自己の視野空間上に出現していますが、それは他者の瞳孔(眼差し)を受けてのものなので、後ろを向いています(ψ4なので赤目にしてみました)。
          結果的に視野空間上に自我の視点が出現することになりますが、これは後ろを向いた”自我意識”のことです。
          私の解説では私なりに解釈を変えていて、「瞳孔」は身体に関するもの、「視点」は”自我意識”としてみました。
          その観点でいうと、身体としての瞳孔は前を向いていますが(B)、意識としての視点は後ろを向きます(ここに関しては図内の記号はありません。私オリジナルの解説です)。
          つまり、他者の瞳孔そのものが自我の視点(意識)になったという内容です。
          ここまでが私オリジナルの解説です。

          そして…

          >自己の視野空間上に自分の瞳孔があるわけではないですよね?

          上記のご質問ですが、cakoさんがご覧になっている記事は2005年のもので、私が参考にした記事は2008年のものです。
          2008年では他者の視野空間上に自己の瞳孔があります。
          表記は変わっていますが、半田さんが伝えたいことは変わっていないと思います。

          半田さんは瞳孔と視点を同じものとして書かれています。
          さらに、それは「●」で表記されています。
          半田さんはシンプルに、視面が視点に変わったという話をしているようでして、私はさらにそこに「自我意識は他者の眼差しを受けて後ろに落ちた」という意識ストーリーを上乗せしているので混乱させてしまったかもしれません。
          半田さんがおっしゃる通り、瞳孔と視点は同じ方向を向いていますが、「それを見ている意識」という観点でさらに考えると、それぞれの方向性は変わると私は考えました。

          ややこしい説明でごめんなさい。
          本家の内容と私の解説は必ずしも一致せず、今回の記事で私は意識の方向性で解説しているので、そこで物理的に前を向く瞳孔と視点、意識の上で後ろを向く自我意識という話がまぜこぜになってしまい、そこで混乱が生じたと思います。
          結論として、半田さんは物理的に前を向く瞳孔と視点の解説、私は後ろに落とされた自我意識の解説という違いがあります。

          cakoさんのおかげで、私の間違いも見つけることができました。
          とても嬉しいです。
          ありがとうございます(*^^*)

  2. cako より:

    お返事ありがとうございます。
    私の理解が追いつかず、分かったような分からないような・・・という状態だったので、ヌーソロジー関連の動画等を見て理解を深めていました。

    「私の視界には他者が見ている世界はどこにも映っていなくて、あえてその場所を言うのであれば他者の眼球という小さな点に集約されてしまっている」

    こういうことを言ってるんだな、と理解しました。

    それによって生じることがnatanさんが説明されていることなんだな、と。

    また、半田さんはシンプルに視面が視点に変化したことを表現していたのだということがわかりました。

    丁寧なご説明ありがとうございました。引き続きNoos Eggsにて学んでいきたいと思います!

タイトルとURLをコピーしました