
私の宇宙からこんにちは、natanです。
今日は、主体側(ψ3)の視野空間がどのように客体側(ψ4)に落とされていったのか、交合円錐の図を用いて解説したいと思います。
※2021/11/12 全体的に修正しました。
この記事の内容はψ3~4の学習になります。

以下の解説は、本家ヌーソロジーの内容を私流に解釈したものです。本家ヌーソロジーの解説とは異なりますので、ご理解のほどよろしくお願いします。
「見ることそのもの=光」は視野空間
もともと「ワタシ」にとって、最初は世界と自分の境界線などありませんでした。
以前、光についてお話したとき、こうお伝えしたのを覚えていますか?
真の主体とは「見ているもの」でも「見られるもの」でもなく、「見ることそのもの」つまり、
光
であると。
「見ることそのもの=光」とは、別の言葉で言い換えると、
視野空間
のことです。
その視野空間は、今まさに自分の目の前に広がっている世界のことであり、その世界は「見ることそのもの」である光で満たされています。
ということは、見ることが光であるのなら、視線という観点でその世界を捉えてみると、「光で満たされる=視線で満たされている」ということになり、自分が放つ視線は「視点」ではなく、
視面
という表現に変わるかと思います。
一点の視線から見るのではなく、空間全面から放たれる視線、それが「視面」です。

先に視面があった
ですので、世界にはもともと「視点」よりも先に、「視面」の方が存在していたんです。
それが本当の「ワタシ」の視線です。
本当の「ワタシ」にとっては瞳孔が先にあったのではなく、視野空間が先にあったんです。
この視野空間としての「視面」こそが、本当の「ワタシ」だったのです。
そして瞳孔を通して放たれる「視点」は、他者という鏡を通じた反射物として、3次元空間内に投影されたものに過ぎないのです。
「視面」から「視点」への変遷
上記をわかりやすく図を使って解説してみたいと思います。
下記は、自己と他者の視線を図にしたものです。

視面があった
まず最初に、自己と他者それぞれには、真の主体としての視野空間が存在していました。
青い部分が視野空間であり「視面」です↓

この青い部分を、真正面から見るとこうです↓

視面上に他者の瞳孔が出現する
自己を中心にお話を進めると、本当の「ワタシ」である視野空間上にある日、他者の瞳孔(眼差し)が登場します。


視野空間が点へとすり替わる
すると、主体である「ワタシ」が「自分にも目があるのかも?」と思いはじめ、次第に他者と同じ視点を意識の中で獲得しはじめます。


自我の視点の出現
するとその視線は他者という鏡を通して世界を捉えるので、他者の瞳孔がそのまま自我の視点と変化します。


他者も同じ過程を通して、他我の視点を獲得していきます。
お互いが鏡になることで、純粋な「前」という視野空間は後ろを向くことになり、背後に幻想空間が出現します。
上記の図は、自己と他者の視線が交差して、イメージしづらい部分もあるので、あえて自我の視点に立って、上記の図をバラしてみると下記のようなイメージになります。

まとめ
もともと自分の視線は「点」ではなく「面」であった。
だけど、他者の瞳孔(眼差し)によって自我意識が形成され、「面」は「点」へと変わっていった。
その「点」から世界を見てしまうと、後方に空間が出現してしまう。
私たちにとって当たり前の「後ろ」という空間。

それが幻想だなんて信じられませんね!
これまで「前」についてお話を続けてきましたが、次回は「後ろ」についてお話したいと思います。
次回もお楽しみに♪


