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本当の覚醒とは?スピリチュアルの教えとヌーソロジーの違い

仲間ヌーソロジー
natan
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私の宇宙からこんにちは、natanです。

今日は意識の顕在化における、とても大切なことをお話させてください。

この記事で学べること
  • 2013年に約13000年ぶりに他者への精神構造へ突入するルートが開いた
  • ちまたのスピリチュアルが教える覚醒と、ヌーソロジーがいう覚醒の違い
  • 宇宙は対化構造で成り立っているため、意識進化にも他者存在が必要
記事を読むときの注意点

以下の解説は、本家ヌーソロジーの内容を私流に解釈したものです。本家ヌーソロジーの解説とは異なりますので、ご理解のほどよろしくお願いします。

2013年からはじまった最終構成

以下のお話は、「本当の覚醒とは何か?」というテーマで、私の個人的解釈を含めながら、話を進めさせていただきます。

輪廻転生というシステムを採用してお話をすると、これまでのψ14~13は、自分が死を迎えたらまた新たな肉体に生まれ変わり、違う人生を歩んでいくという流れだと思います。

シュタイナーは、輪廻転生をくり返すことによって、人間は自我を育てているといいます。

これまでの人類は、自分の人生を全うすることを通して自我を育てることが目的でしたが、2013年以降は空間認識を変えたり、自我そして魂を鍛えることによって意識を反転させ、世界そのものの捉え方を変えていく時代に入りました。

霊性回帰ともいわれていますね。

人間型ゲシュタルトを脱することで、対象意識を霊的対象意識へと育て、宇宙の構造を解き明かせる時代に入ったと私は思っています。

宇宙

他者存在によって達成される意識進化

宇宙は二項対立の対化構造で成り立っています。

その対化構造があるからこそ、人間にも自己と他者という相対する存在が生まれています。

人間における自己と他者は、その対化構造の象徴です。

自己と他者

ヌーソロジーでは、2013年からはじまった最終構成によって、他者側の精神構造へと侵入するψ13(ψ*11)へのルートが開いたといいます。

ケイブコンパス08

これは、最終構成によって、他者側の精神構造へ侵入することが可能になったということだそうです。

「他者側の精神構造へ侵入する」と聞くと、とても難しく感じるのですが、意識顕在化を目指す中で、かならず他者存在が絡んできます。

自己の意識改革だけで意識の顕在化は起こらない、というのがヌーソロジーの主張です。

他者存在があるからこそ、自己意識に変化が起こるのです。

意識顕在化の一連の流れを通して理解していくことは、「他者とは一体何か?」

これを理解することが、2013年からはじまった覚醒期の最大の目標だと思われます。

これが「他者側の精神構造へ侵入する」の意味でもあると考えます。

ちまたでいわれる「悟り」や「覚醒」の間違い

上記を踏まえてた上で、今日お話したいことは、巷でいわれている覚醒や悟りについてです。

よく覚醒をしたという方の口から聞かれる言葉に、

すべては私である。

という教えがありますよね。

この言葉は私の考えでは、究極の答えであり、始まりであり終わりのものだと思うのです。

この話が間違っているわけではないと思うのですが、こういった覚醒話を聞いていつも思うのが、そこに他者存在がいないということ。

この「すべては私である」を経験した人は、ヌーソロジーで表現するならば、感性側から一足飛びに本質に繋がって、その世界を知ったのかもしれません。

しかし、一足飛びに本質につながってしまったがゆえに、重要な中間領域がごっそり抜け落ちているような印象を受けます。

魂バランス04

その中間領域にこそ、自己と他者の秘密が隠されている、と私は考えています。

「すべては私である」と知ることが覚醒や悟りだと思われることが多いと思いますが、私たちが目指す進化とは、

  • 対象意識を霊的対象意識に育てること
  • 霊的対象意識によって理論的に宇宙の構造を解明していくこと
  • 自我と魂を鍛えること

だと考えます。

その過程の中で、他者存在の本当の意味を知ると思うのです。

であるならば、その中間領域のない「すべては私である」という認識は、まだまだ覚醒とはいえないと私は思うのです。

新しい進化の道は誰も通ったことがない

「すべては私である」という「私」で、ひと括りにしてしまう理由として考えられることは、2013年に最終構成がはじまり、約13000年振りにようやく彼岸にいる「あなた」へのルート(ψ13=ψ*11)が開いたこと。

そのルートを通って、段階的に人間意識に変化が起こり、霊的宇宙の構造が明らかになっていくと思います。

つまり、2013年になって、ようやく新しい進化の道が開いたということは、

ほとんどの人間がその新しいルートを通った経験がない

といえると思います。

さらに、ヌーソロジーがその構造を、今まさに素粒子構造から解き明かそうとしている段階です。

誰もまだ、これからはじまる本当の進化を知らないのです。

道

これからが本格的な霊的覚醒の時代

スピリチュアルや精神世界の教えのほとんどは、自己に対するものです。

以下、書籍『シュタイナー思想とヌーソロジー』より、長い文章になりますがとても大切なので、そのまま引用させていただきます。

▼ 参考書籍 ▼

「次元の交替化」とは、端的に言えば、自己側と他者側の無意識構造の中で働いていた精神と付帯質の関係が丸ごとそっくり入れ替わる出来事のことを意味しています。

(中略)

自己存在と他者存在においては、精神(奇数系観察子)と付帯質(偶数系観察子)の関係がまるまるすべて真逆に構成されているんですね。

従来の霊的思考には、このような考え方はほとんどなかったのではないかと思います。

どのような書物をひも解いてみても、自己と他者の霊的構造同士が持つ、このような相互反転関係を考慮して霊的世界の在り方を論じている書物は見たことがありません。

古代から綿々と継承されている神秘的知識においても、自己側の霊性も他者側の霊性も一括りにして一般化して語られているのが普通です。

ヌーソロジーの観点から言うと、人間世界の中に出現しているこの自己性と他者性を通した精神と付帯質の相互反転関係は、存在世界自体の在り方そのものと直結した基底的構造であり、決定的に重要な意味合いを持っています。

というのも、霊的思考を決行していくにあたっては、自己構造と他者構造がこのようなキアスム(交差配列)的関係の中で表裏一体的に展開していくものと考えなければ、意識さえ生まれてくることはなかったのではないか、と考えられるからです。

もちろん、こうした内容を匂わせている伝統的な霊知も少なからずは存在しています。

たとえば、カバラ神秘主義の伝統でメルカバー(注:「神の戦車」とも呼ばれ、四つの火の車輪を持つとされる)として象徴化されている乗り物も、実は霊的実体が内在させているこのような四値的な精神の構成のことを言っていると考えられます。

メルカバー
メルカバー

道教にいう「陰の中の陽、陽の中の陰」が象徴化された太極図が意味するところもそうですね。

このキアスム的構成の前提が思考にセットされていないと、霊的なものと物質的なものの繋がりが思考に上がってくることは決してありません。

このキアスムという概念は霊的思考を行っていく上において、それほど重要なものなのです。

「構造」という観点からするなら、人間の無意識は至るところで、この四値的な構成がもたらすキアスムの捻れを持って流動していると考える必要があります。

そして、ここがとても重要なところなのですが、人間の意識の顕在化のプロセスにおいてもこのキアスムが重要な役割を果たしており、自己の無意識がそのまま己自身の自意識の力によって顕在化を起こすような仕組みにはなっていないのです。

シュタイナー思想とヌーソロジーより

宇宙それ自身が対化構造で成り立っているため、自己の意識は他者存在によって生みだされます。(他者も同じ)

さらに、意識の顕在化も自己だけでは起こらず、他者存在が関わらないと自己意識に変化が起こらない。

これがTwitterで半田さんがおっしゃっている、

半田広宣さん
半田広宣さん

空間は対化として活動しているから一人でも多くの他者と協働しながら次元観察子を開いていかないと、次元観察子は真の意味での次元観察子には成りえない。抜け駆けはできない。

の言葉の意味だと、私は解釈しています。

ヒトの調整質の活動の末端において生起するこうした軽やかな反転の身の翻しは、ヌーソロジーの文脈で見る限り、覚醒期に入らないかぎり起こり得ません。

このことは、人間の意識の覚醒が、「時」に呼応して生起するということを示唆しています。

その意味で、調整期の最中においては、人間が霊的探究をいくら行ったとしても霊的覚醒は起こり得ないというのがヌーソロジーの考え方です。

加えて、この構図を見る限り、霊的覚醒は自己が自らの意識の力によって達成するというよりも、自分自身の意識において、付帯質を先行させる原因となっていた他者サイドのヌースを、他者自身のもとへと与え返すことによって初めて起こり得るもの、と言った方がいいのかもしれません。

ちまたでいわれている覚醒とは、「本当の自分に戻った」「魂と繋がった」という意味だと思われますが、私が構築しているヌーソロジーの観点から考察すると、それは意識顕在化のファーストステップだと思います。

次元観察子でいうところの、ψ5に出たあたりでしょうか?

その時点を覚醒としてしまうと、それがすべてとなり、「すべては私である」「この世界はゲームである」という、利己的な解釈で終わってしまうと感じます。

他者はゲームのいちキャラクターで終わってしまう存在になってしまいます。

人間型ゲシュタルトの意識を変えるためには、最初の認識として「すべては私である」「この世界はゲームである」という教えは、とても効果があると思います。

しかし、進化はそこで終わりではなく、はじまりに過ぎないと思うのです。

まだまだ進化の道は、途方もなく長いのです。

私たちの意識、そして世界を成り立たせている、自己と他者という宇宙の対化構造、宇宙の真理を理解するための道へ、多くの人を誘導する教え、思想が必要だと考えます。

それを担っているのが、ヌーソロジーでありシュタイナー思想だと私は思っています。

対化は果てしなく出現してくる

本当の意識進化とはこれからはじまるものであり、他者と向き合って、一つずつ下から順に観察子を顕在化させていくことが必要だと考えます。

その過程の中に、自己にとって他者存在となる、

  • インナーチャイルド、主体
  • 他我(他者)
  • 組織(他者集団)
  • 社会、国家

という対化が出現してくると、私は考えています。

これらに真正面から向き合い、

  • 他者とは自分にとってどういう存在なのか
  • 他者が自分の”何”を成り立たせているのか
  • この「前」という空間は一体どんな空間なのか
  • 宇宙は何と何で出来ているのか

について現実的に学んでいくことによって、それと連動して、空間に対する認識にも変化が起こってくると考えます。

ゴール

ファーストステップである、インナーチャイルドや主体と向き合うことは自分一人でもできますが、それをクリアした後は、自らが積極的に他者と関わって、ともに意識進化を図っていかなければいけないと考えます。

その他者存在は自分が大好きな人だけでなく、自分が苦手とする相手も含みます。

人間型ゲシュタルト的な善と悪の二元的思考を超えて、真理や本質を理解することが、意識進化にとって大切なことだからです。

そこに、本当の自己と他者の関係性が見えてくると思うのです。

恋人

善悪を超えた領域で物事の本質を理解するためには、自分の人生の悪の部分と真正面から向き合うことが大事だと考えます。

これが、変換人を目指す者の基本姿勢だと私は思っています。

スピリチュアルの知識を頭に詰め込んで、気持ちよくなることが進化ではなく、一足飛びに本質とつながり、その世界を覗きみることが進化ではないと思うのです。

現実世界に足を着けて、他者と本気で向き合い、人生を一生懸命生きることが進化への正規ルートだと私は思っています。

ヌース理論(原文まま)では、この「位置の交換(ψ3の顕在化)」に続いて、「位置の等化(ψ5の顕在化)」「位置の変換(ψ7の顕在化)」「位置の等換(ψ9の顕在化)」というように、無意識のカタチを暴き出して行くための意識のトランスフォーメーション作業が次々と登場してきます。

これはニューエイジ的な意味で言えば、意識を4次元以上の高次元世界へとアセンションさせていくのと同じ意味を持っているのではないかと考えられます。次元上昇です。

しかし、これらの作業は一人で行なってもおそらく何の力も生み出しません。

ヌースでいう次元観察子の顕在化とは別の言い方をすれば新しい宇宙の創造のことです。

アドバンスト・エディションにも書いたように創造者は双子ですから、ソロでの覚醒はあり得ないと思った方が無難でしょう。

宇宙におけるすべての現象は「対化」としてしか成立し得ない。

これがヌースの鉄則だと思って下さい。

cavesyndrome―時間と別れるための50の方法(25)

覚醒は、個人に起こるものではありません。

半田さんいわく、進化の道を選択する人、しない人、離脱?する人の三パターンに人類は分かれるようです。

その中で、進化の道を選択した人たちが、全員で達成するものが覚醒だと私は思っています。

誰か一人が覚醒をしたならば、全体が覚醒するそうです。

その意味において、まだ誰も覚醒はしていませんし、人類全体もまだ覚醒はしていません。

だからこそ、他者と協力して意識進化を図らなければいけないと思います。

覚醒するのは「私」ではなく「次元」

最後に、ヌーソロジーでは覚醒について、

半田広宣さん
半田広宣さん

覚醒するのは「私」ではなく「次元」である。

といわれています。

ヌーソロジーは、大本の主体それ自身を「空間」として捉える超越論的空間構造論?なので、自我としての「私」が覚醒するのではなく、空間そのものが覚醒する、つまり「次元」が覚醒するという意味でいわれていると私は解釈しています。

その空間は対化で存在しているため、必然的に自己と他者の切っても切れない関係がここに生まれます。

さらに、その覚醒には明確な次元の認識が伴うため、霊的世界を覗きみることが覚醒ではなく、自らが空間となって全身で次元を認識することになると思われます。

そのために、一つずつ観察子を顕在化させていく必要があるのだと思います。

自分が空間になる。

その自己空間化のプロセスが、意識顕在化として次元観察子の序列にそって進んでいくのだと思います。

まとめ

2013年から、新しい進化の道が開きました。

誰もまだ、その全容を知らない進化の道です。

古い教えにとどまらず、積極的に前に進みましょう。

その道を通ることによって、「すべては私である」の言葉の意味も、違ったものに感じられるかもしれません。

楽しく前に進みましょうね♪

次回もお楽しみに♪

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