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物事の認識のズレを再確認しよう!―日本人にワンネスは必要?/偶数観察子の空間は満たせてる?

チェックリストヌーソロジー
natan
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私の宇宙からこんにちは、natanです。

今日は、当たり前に思い込んでいることが、そもそも認識がズレているかも?というお話を二選お届けしたいと思います。

この記事で学べること
  • ワンネスは日本人に必要なこと?
  • 海外と日本人の意識のあり方には違いがある
  • 私たちは偶数空間さえも満たせていない
  • 低次自我は現実逃避が得意
  • 偶数空間を満たして奇数側に出るために必要なこと
記事を読むときの注意点

以下の解説は、本家ヌーソロジーの内容を私流に解釈したものです。本家ヌーソロジーの解説とは異なりますので、ご理解のほどよろしくお願いします。

認識のズレ①ワンネスについて

海外と日本人の意識には違いがある

スピリチュアルや精神世界というジャンルは、昨今の日本ではけっこう広まっていますよね。

日本人が提唱しているスピリチュアル情報も増えてきていますが、もとを辿れば、スピリチュアル情報は海外から輸入されてきたものだと思います。

そして、ニューエイジがよく使う「ワンネス」という言葉。

  • すべては私である
  • すべては一つである

みたいなイメージでしょうか?

今日はワンネスについて、「正しい」「間違い」という話をしたいのではなく、海外と日本では意識のあり方に違いがあるのではないだろうか?というお話です。

スピリチュアル

日本人は集団意識が強い

私は、海外は自我意識が強いと感じています。

だからこそ、ワンネスを求める意識も強いと思うのです。

ですが、日本人はどうでしょう?

海外から輸入したスピリチュアル情報を、日本人はそのまま適用させているように思いますが、私たち日本人は自我意識より集団意識の方が強くありませんか?

スクランブル交差点

たしかに表面上の自我意識は分離しているため、自己と他者を同一視することはできません。

しかし、深いふか~い意識の部分では、日本人は相変わらず集団意識が強く、それを無意識に発動させていると思うのです。

コロナ禍でそれは顕著に現れていると思います。

誰かが非常識と思える行動を取ったとき、周囲の人間はそれを痛烈に批判します。

でもその行動によって、自分自身が迷惑を被ったということではなく、「○○はいけない」という観念のもとに批判していると思うのです。

その観念はどこからきたものでしょうか?

すべてがすべて、このケースに当てはまるというわけではありませんが、日本人が共有している固定観念には、ものすごく強固なものがあるように感じます。

日本人は無意識化した集団意識で動いている

と私は考えています。

日本人に求められること

結論として、ワンネスを求めることは間違いではないと思いますが、今の日本人がすべきことは、ワンネスより

自立した自己意識を確立させること

だと考えます。

自己意識が確立していない、自立していない状態でワンネスを追い求めても、それはシュタイナーでいうところのルシファーの影響を受けてしまうことになりかねません。

海外と日本では、意識のあり方に違いがあります。

この点をしっかり抑えた上で、「では今自分は何をすべきか?」をよく考えてみることが大切だと思います。

認識のズレ②偶数側の空間さえも満たせていない?

低次自我は現実逃避が得意

ヌーソロジーでいうところの偶数側の空間は、私たちが今まさに体験している、この3次元物質空間のことを指します。

意識活動(反転)

私たちの意識は偶数先手なので、その意識を反転させて奇数側にある持続空間へ出よう!というのがヌーソロジーの教えですよね。

でも、自我意識、とくに低次の自我意識についていろいろ考察してみると、

低次自我は現実逃避が得意

という、ちょっと変わった特徴があるように思います。

逃げる

偶数側の空間を満たす大切さ

低次自我の特徴は、

  • 外側に答えを求める
  • 自分に非があるとは思わない
  • 真実を歪曲させて捉えるetc

といったような「おいおい、大丈夫か君~!」状態なのです(笑)

もちろん、低次自我はインナーチャイルドを守る存在として、勇敢な一面もあるとは思いますが、あえて「おいおい~!」と思う点をあげるならば、上記の点かなと思います。

私の考えとしては、

偶数側の経験を100%満たすことで奇数側の空間への反転準備が整う

と考えています。

外側に答えがあると思って散々頑張ってみたけど、外側に答えなどなかった!もしかしたら自分の中に答えがあるんじゃないの!?

この意識に到達することが、私はとても大事だと思うのです。

ここまで意識がいったら、反転するしか解決策がないからです。

十分偶数空間を味わうことで、ようやく奇数側へと反転できると考えています。

半田さんもメルマガの中でこうおっしゃっていました。

人間の内面の意識の負荷が十分にかからなければ、その反映力も十分な力を持つことができず、進化もまた起こらない。

アクアフラットより

偶数空間は自我世界でもありますが、しかし、本当に私たちはこの世界を100%経験しているでしょうか?

こういうことありませんか?
  • 嫌だと思う現象から逃げたり、人間関係を拒否したりしている
  • 自分の心地よいものに囲まれることを好み、嫌なものは排除する
  • 自分の心の中を見てみぬふりをする
  • 嫌われることが怖いから、勇気も出せず、集団意識で動いてしまう

偶数空間さえも満たせない私たち

低次自我はよくよく考えてみると、奇数空間と偶数空間の中間に位置する、一枚のフィルター意識のような存在に思えてきます。

どっちつかずの存在、という印象です。

円心06
natan
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うん、なぜか一反木綿(笑)

あくまでもイメージですよ!!(笑)

本来自我は、鏡のような存在なのですが、今日はちょっとキャラクター化してみました(笑)

奇数と偶数の空間に挟まれた領域で、ふわふわと浮遊しているイメージです。

自分にとって好ましいことだけを取り込み、嫌なものは見てみぬふり、もしくは排除する。

だから、意外や意外、私たちは偶数空間すら満たしていないのでは?と私は思うのです。

偶数空間を満たすためには

偶数空間を体験するために必要なことは何だと思いますか?

これはかなり意外な答えかもしれませんが、

勇気を出して行動すること

だと私は考えています。

低次自我が嫌がることをするんです。

物事の結果はどうであれ、後悔しないように勇気を出して行動すること!

これを本気で実行できている人は、実際、少数だと思います。

偶数側の空間を満たすためには、勇気を出して行動すること。

勇気を出すためには、自分自身との内的な関わりが必須になってきます。

必然的に、自分の内と外にしっかり意識を向けるようになります。

奇数側の反転を目指す前に、まずは自分がしっかり偶数側を満たせているかどうかチェックしてみてください。

奇数側への反転も難しいものがありますが、それ以上に偶数側を満たすことはもっと難しいと思います。

ですが、これを乗り越えた人こそが変換人だと私は思っています。

負けないこと 投げ出さないこと 逃げ出さないこと 信じ抜くこと

駄目になりそうなとき それが一番大事

負けないこと 投げ出さないこと 逃げ出さないこと 信じ抜くこと

涙見せてもいいよ それを忘れなければ

大事マンブラザーズ ~それが大事~

まとめ

今日お話したことを、みなさんも自分自身に置きかえて、じっくり思考してみてください。

物事の認識がズレていると、進む道さえもズレていってしまいます。

まずは、自分の今の意識の立ち位置をしっかり見定めてください。

そこから自分がやるべきことを見出してみてくださいね。

次回もお楽しみに♪

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