私の宇宙からこんにちは、natanです。
今日は、カバラの「生命の樹」で起こったご近所物語をご紹介します。
▼ 参考文献 ▼
ルーリア・カバラのご紹介
前回も少し触れましたが、「カバラ」とはユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想です。
そのカバラにおける「生命の樹」は、旧約聖書の教えをもとに、ユダヤ教のラビたちがその都度、さまざまな修正を行いながら作り上げてきました。
そして「生命の樹」の形式自体は、12世紀あたりから整ってきました。
しかし、16世紀にイサク・ルーリアという人物が、それまでの伝統的なカバラ思想に大幅な修正を加えました。
その修正によって生まれた思想が「ルーリア・カバラ」であり、近代のユダヤカバラの中核をなすものといわれています。
宇宙創造の根源的な力「アインソフアウル」
まず「生命の樹」は、神の内部から神自身の分身として、10個のセフィロト(霊的容器)を展開させ、それによって宇宙が創造されたことを表現しています。
そして、最上位のケテルに描かれている六芒星。
これは、「アインソフアウル」とよばれ、「生命の樹」の中を流れる上昇する霊的な力と、下降する力が互いに完全なバランスを保って活動していることを表しています。
「アインソフアウル」とは神の原光、存在の無限光、神自身が抱く宇宙の根源的な無底性という意味を持っています。
そして、最上位の「ケテル」から、このアインソフアウルの光が「流出」しています。
「この光の流出によって、宇宙が創造された」、ここまでが伝統的なカバラにおける「生命の樹」の解釈なのですが、ここにルーリアが大幅な修正を加えました。
ルーリアの結論はこうです↓
宇宙の活動は、「創造」ではなく「破壊」からはじまった。
ルーリア・カバラの思想
旧約聖書「創世記」のアダムとイヴの話にもあったように、二人は神の怒りをかってしまい、楽園を追放させられてしまいます。
この話が、ルーリア・カバラにおける「破壊」という名の宇宙創造活動スタートの根本的な事件になります。
ルーリア・カバラではこれを
(霊的な)器の破壊
というふうに表現しています。
では、宇宙の創造活動がどのようにしてはじまったのか、詳しく見ていきましょう。
器の破壊
ルーリア・カバラのストーリーはこうです。
はじめは「生命の樹」または「宇宙全体」は、すべて完璧にバランスの取れた姿を持っていました。
その世界はまさに「楽園」「エデンの園」。
しかし、あるとき事件が起きます。
最上位の「ケテル」からアインソフの光が流出していますが、その光があまりにも強すぎて、上位にある「ケテル・コクマー・ビナー」の三つのセフィラーを残して、中間領域にあるセフィラーがすべて吹き飛んでしまったそうです。
かろうじて最下位の「マルクト」だけが、神の創造であるアインソフの光の火花を物質として反映させるために残されたそうです。
この事件をルーリア・カバラでは「器の破壊」とよんでいます。
中間領域を見失った
本来は、下降してきた霊的な力(知恵の木)は、「マルクト」で反射して、そこから中間領域を通って最上位の「ケテル」へとつながります。
しかし、アインソフの光があまりにも強すぎたのです。
あまりにも強い光は、失明を伴います。
アインソフの光の力の流出が過剰になることによって、本来は最下位の「マルクト」から中間領域を通って、上位のセフィラーまで回収されるはずの光が、その回収ルートを見失ってしまいました。
「器の破壊」によって粉砕された「ティファレト・ホド・ネツァク・イエソド」は、粉砕された容器の痕跡が残響している、いわば陽炎のような状態になり、きわめて弱々しい微光しか放たなくなったそうです。
そして、「生命の樹」の中を流れる二つの霊的な力の流れも分断されました。
このことが、旧約聖書「創世記」では、アダムとイヴの楽園追放という形で表現されています。
マルクトとケテルの癒着
そして、「生命の樹」は宇宙の構造そのものなので、本来は「生命の樹」自体もヌーソロジーでいうケイブユニバースのように、円環状の構造を持っています。
アインソフの強烈な光によって、中間領域が見えなくなってしまったことで、
最下位の「マルクト」と最上位の「ケテル」が接続(癒着)してしまった
そうです。
霊的なちゃぶ台返し
最上位の「ケテル」が、最下位の「マルクト」とダイレクトにつながってしまうと、霊的下降の流れは、最下位の「マルクト」側の中に、逆さまになった「ケテル」の鏡像を見てしまいます。
「マルクト」に生まれる鏡映を
クリフォト(殻)
といいます。
この中間領域が見えなくなってしまったことで、私たち人間に起こっていることこそ、イデアの忘却であり、「マルクト」の中に「ケテル」の鏡像を見ることを半田さんは、
霊的なちゃぶ台返し!
と表現しています(笑)
宇宙を修復する
「ケテル」と「マルクト」の結合によって、宇宙の生成を育む中間領域は、「ケテル」が放つ強烈な逆光のために、すべてが陽炎のように虚ろに見えなくなっています。
その逆光の中で、息絶え絶えになっている光のかけらを拾いあつめ、破壊された容器を修復し、「生命の樹」全体の中に流動する力のすべてを修復すること。
それがルーリアのいう
創造の完成
だそうです。
なので、人間という存在は、破壊された真の宇宙を修復するために存在しているのかもしれません。
私は以前の記事で、人間を宇宙の幹細胞にたとえ、「真の宇宙は再生医療を行っている」とお話したことがありました。
私の推理、あながち間違っていないかも!!(笑)
まとめ
今日のお話は、そのままヌーソロジーに置き換えることができます。
「ケテル」と「マルクト」の結合は、ヌーソロジーにおける「オリオン」と「プレアデス」の結合。
「器の破壊」によって見えなくなった中間領域が「シリウス」。
私たちはその見えなくなってしまったシリウス領域に足を踏み入れ、宇宙の再生へと尽力していく形になると思われます。
以上が、ヌーソロジーの基盤になっているカバラにおける「生命の樹」の解説でした。
聞き慣れない言葉が多くて理解するのが大変かと思いますが、半田さんのレクチャーでは頻繁にこの話が出てきますので、ぜひしっかり覚えておいていただければと思います。
次回もお楽しみに♪
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