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偶数空間の存在意義とは?―自他の精神のロープを構築するため

ロープ ヌーソロジー
natan
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私の宇宙からこんにちは、natanです。

今日は偶数空間の存在意義について、私なりの考えをお話させてください。

この記事で学べること
  • 意識進化で目指す円心中央部は、自他の精神で成り立つ領域
  • 自他の精神で成り立つ領域に意識を落ち着かせる方法
  • 今の自分は他者存在によって成り立っていると知ることが大切
  • 偶数空間の存在意義
記事を読むときの注意点

以下の解説は、本家ヌーソロジーの内容を私流に解釈したものです。本家ヌーソロジーの解説とは異なりますので、ご理解のほどよろしくお願いします。

意識進化で円心概念の中央部分を目指す

ヌーソロジーで、もっとも重要視されている円心概念。

ヴェシカパイシス

自己と他者の双対関係をもっともわかりやすく表現したものであり、奇数側と偶数側がちょうど重なっている領域が「ヴェシカパイシス」と呼ばれる部分です。

この中心こそが、自己と他者で成り立つ精神空間であり、人類の進化とはこの精神を獲得することだと私は考えています。

現在の私たちにとって、他者存在は偶数側の空間にしか存在していません。

ですので、意識進化に励む中、この中心に意識を持っていくためには、偶数側で人間関係を通して精神を鍛えないといけないと私は考えています。

人によっては、もともと奇数側の空間に比較的容易に出やすい方もいらっしゃるようです。

奇数側の世界は自分の意識に自由度があるため、いろんな次元につながることも可能だと思われます。

奇数側の世界は、イメージ的に「意識の海」という印象を私は持っています。

海03

その意識の海は、深さも方向性もまったくわからない世界だと感じます。

この意識の海において、他者存在との直接的なコミュニケーションが取れるわけではないので、結局のところ自分の意識しか存在せず、円心概念の中心に意識を落ち着かせることは難しいのではないだろうかと考えます。

もちろん、これは偶数側にも言えることだと思います。

偶数側の空間において、私利私欲に走ることで、他者のことを考えられない利己的な意識が強固になっていきます。

奇数側、偶数側ともに、ヴェシカパイシスの部分に意識を落ち着かせるイカリ、もしくは命綱(ロープ)がない!という感じです。

他者がいたからこそ今の私がある

奇数側と偶数側の中心に意識を持っていくためには、偶数側での精神構築が大切だと思いますが、その精神構築作業の中において重要なことの一つとして、自分の中にある「点」として存在している人生の記憶を整理することがとても大切だと考えます。

自他の精神を構築するとき、かならず自己内観の作業が出てきます。

(この作業が、意識反転の準備作業だと私は考えています。)

その作業によって、どんどん意識は深いふか~い記憶の倉庫へ入っていき、これまで「点」として存在していた人生の記憶を整理するようになります。

写真03

すると、「点」として存在していた人生の記憶が、次第に一本のロープになっていきます。

ロープは複数のヒモを絡めることで、太く強固に作られていますよね。

自分という存在もそれと同じく、他者存在が複雑に絡み合うことで成り立っているということに気づくんです。

ロープ

けっして自分一人の力だけで、ここまで自己意識や人生を作りあげてきたのではなく、

他者がいたからこそ今の私がある

ということに気づきます。

(この他者存在は、良いも悪いもどちらも含みます。)

内観作業をくり返すことによって、よりロープが太く強くなっていきます。

そしてある日、感性側から感情があふれ出てくるのを感じ、とめどもなく涙があふれてくるのです。

感謝と感動、そして愛おしさがこみ上げてきます。

悔しいけれども、自分が嫌っていた相手に対しても、感謝の気持ちでいっぱいになるのです。

あふれ出る感情を感じたあと、時間差で空間が反転してくる、これが私が体験してきたことです。

自己と他者をつなぎ止める精神のロープ

この「自他の精神のロープ」ともいうべきものによって、自分の意識はつねに、奇数側と偶数側のちょうど真ん中につなぎ止められているように感じます。

ヴェシカパイシス05

あくまでも、個人的感想です。

ここに意識が落ち着くと、奇数側の空間を認識するだけでなく、偶数側の空間の存在意義も明確にわかってくるように思います。

偶数側の空間が、どうしてこのような構造になっているのか?

natan
natan

あー!そういうことだったのかー!

と大きな気づきが降ってくるのです。

当たり前の世界が当たり前ではなくなり、当たり前の裏に隠された宇宙の知性と、壮大な自己と他者の物語を知るんです。

その気づきによって現実、そして他者の捉え方が180度反転してしまうのです。

他者存在を含めた形で自己を見直す必要がある

正しく意識の反転を目指すためには、

他者存在を含めた形で自己を見直す必要がある

と考えます。

他者存在が絡んでいないと、正しい反転ができないと思うのです。

この自他の精神のロープを構築するためには、現実世界において、人間関係を通してあらゆることを経験する必要があると感じます。

空間の反転は自他の精神構築の結果であり、その結果に行きつくまでの過程の中で、しっかりと学びを得ることが大切だと考えます。

その学びが偶数側の空間での経験値となり、ヌーソロジーでいわれている「感じる(感性)⇔考える(思形)」の作業ができるのと思います。

この「感じる⇔考える」のくり返しによって、精神のロープが構築されると考えます。

ゴール

「感じる」ためには経験値を上げることが必要

このとき、感性が持っている「感じる」というものが、偶数側の経験値でもあるため、「感じる」ものがない場合は経験値が足りていないということだと考えます。

だからこそ、現実に足つけて真正面から他者と向き合い、そして自分の軸を持って、人生を生きるということが大切だと思うのです。

正しい意識の反転を目指すためにも、自己と他者で成り立つ精神空間へ旅立つためにも、この偶数側の世界で経験して学ぶことがとても大切だと考えます。

まとめ

空間の反転はたしかに「お~すごい!」という、摩訶不思議な体験ではありますが、意識の反転後は今まで以上に現実的に生きるようになると感じます。

なぜなら、この偶数側の空間の存在意義、そしてなぜ自分が今この時代に生きているのかが漠然とですが、わかってくるからです。

この世界に生きながら、いろんなことを経験して学ぶことが、意識進化にとって大切だということを知りました。

本家ヌーソロジーでは、あまり偶数空間に言及することがありません。

ですが、私は偶数空間こそが大切な領域だと感じています。

この事実を、私はこれからもずっと伝えつづけていきたいと思っています。

耳の痛い話かもしれませんが、これが事実だと私は思っています。

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