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【ψ3~4】世界一優しい解説☆「人間の内面」と「人間の外面」を徹底解説!

空間認識3-4_9ヌーソロジー
natan
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私の宇宙からこんにちは、natanです。

今日は、ヌーソロジーの概念でとても大切な「人間の内面と外面」について、徹底解説します!

この記事で学べること
  • 「内面」と「外面」の言葉の由来
  • 人間の内面と外面の学習ポイントは、主体にとって「見える」か「見えないか」
  • 人間の内面と外面は、主体にとっての意識の方向性について語っている

この記事の内容はψ3~4の学習になります。

次元階層の表
記事を読むときの注意点

以下の解説は、本家ヌーソロジーの内容を私流に解釈したものです。本家ヌーソロジーの解説とは異なりますので、ご理解のほどよろしくお願いします。

「人間の内面」と「人間の外面」について

ヌーソロジーでは頻繁に、「○○の内面」「○○の外面」という言葉が出てきます。

そしてとくに「人間の内面」「人間の外面」という言葉は、ψ3Ψ4をそれぞれ象徴する言葉としてよく使われます。

ψ3~4の領域は、単にモノと背景の世界というだけでなく、ψ1~2の領域に落ち込んだ意識を反転させることで、人間型ゲシュタルトから変換人としての方向性をはじめて見い出せる重要な領域でもあります。

ですので、この領域で使われる「人間の内面」「人間の外面」という言葉の意味を、しっかり理解することが大切になってきます。

「内面」と「外面」の言葉の由来

まず、「内面」と「外面」という言葉の由来について。

この言葉は、どこからやってきたかというと、

モノ

に対して、最初に使われた言葉です。

この「内面」と「外面」という言葉の重要ポイントは、

観測者にとって見えるか or 見えないか

です。

「モノの内面」と「モノの外面」

モノの内部空間は「モノの内面」とよびます。

観測者にとって、モノの内面はけっして見ることができない空間です。

逆に、モノの外部空間は「モノの外面」とよびます。

観測者にとって、モノの外面に出てはじめて観測行為が可能になる空間です。

よって、観測者にとって、

  • モノの内面=見えない
  • モノの外面=見える

となります。

モノの内面と外面
natan
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当たり前の話に聞こえるかもしれませんが、ここかなり重要です。

主体にとっての「見える」「見えない」

上記のお話を通して、「内面」と「外面」という言葉には、

  • 内面=見えない
  • 外面=見える

という意味があることがわかります。

ψ3~4の領域においても同じく、「観測者」にとって内面と外面は「見えるor見えない」という分け方になるのですが、ここで重要なのは、観測者はただの観測者ではなく、

観測者=主体

になります。

モノの内面と外面は、どちらかというと客体(自我意識)にとっての「見えるor見えない」の領域でした。

たぶん、主体と客体を分けなくても、「観測者」という存在がいればいいと思います。

そして、今度の「人間の内面」と「人間の外面」は、

主体にとって「見える or 見えない」

の分け方になります。

さらに、ヌーソロジーにおける「人間の内面」「人間の外面」には、もう一つ重要な意味があり、主体にとっての「前」と「後ろ」という概念の本質について語っている言葉になります。

それは、「主体にとって”前”は見えるが、”後ろ”は見えない」という

主体にとっての意識の方向性

について語っている言葉なのです。

(おさらい①)ψ3:主体から見た世界

以上のことを踏まえて、前回の内容を復習しながら見ていきます。

①主体が見ている世界は、純粋な「前」という空間でした。純粋な「前」という空間は、モノや背景の区別がなく、幅や奥行きといった空間に対する観念がない世界です。

②そこに鏡となる存在が出現します。

③④主体が「自分自身も他者と同じなのでは?」と思うことで生まれる意識が客体(自我意識)でした。

客体(自我意識)から見る世界は鏡像的な世界だけでなく、触覚の次元もそのまま持ち込んでいるので、奥行きのある時空の世界です。

人間の内面と外面02

主体が見ている世界とは、

  • 純粋な「前」という空間
  • 世界とわたしの区別がない世界
  • 奥行きがペタンと圧縮された永遠の時間が息づく世界
  • モノと背景がセットの世界

この主体が見ている世界がψ3になります。

(おさらい②)ψ4:客体から見た世界

そして客体(自我意識)が見ている世界は、

  • 世界の中にいる肉体としての「私」という世界
  • 他者を模倣した鏡の世界
  • 後ろに落とされた意識
  • 触覚を持ち込んだ奥行きのある世界

この客体(自我意識)が見ている世界がψ4になり、私たちが普段見ている世界そのものです。

「人間の内面」と「人間の外面」の結論

そして「人間の内面」「人間の外面」という視点で、再度これらの観察子を見てみると、

主体である観測者にとってψ3の世界は「見えています」

その世界は「前」方向に意識が向いています。

そして、

主体である観測者にとってψ4の世界は「見えていません」

その世界は、主体の意識が「後ろ」に落とされ、自我を通して見る鏡像世界です。

よって、主体である観測者から見て、

  • 人間の外面ψ3)=見える
  • 人間の内面(ψ4)=見えない

となります。

人間の内面と外面03

私たちがψ4の世界を見ているときは、主体としての本当の「わたし」という存在(意識)を忘れています。

「主体が忘れ去られている」ということは、「主体である意識は無意識化して、観測行為ができずにいる」と捉えることもできるかなと思います。

「人間の内面」と「人間の外面」のもう一つの意味

また、人間の内面と外面にはもう一つの意味合いがあり、

  • 人間の内面ψ4)=外在世界
  • 人間の外面(ψ3)=内在世界

という意味合いも含まれていて、それぞれをわかりやすく表現すると下記のとおりです。

  • 外在世界ψ4)=物質世界
  • 内在世界(ψ3)=心の世界/持続空間/エーテル空間

となります。

まとめ

というわけで、今日のお話をまとめると、

  • 人間の内面(ψ4)=外在世界=(主体にとって)見えない
  • 人間の外面(ψ3)=内在世界=(主体にとって)見える

となります。

半田さんは、書籍やレクチャーの中で、人間の内面や外面について触れるとき、その視点はかならず主体目線でお話されています。

客体化している視点から人間の内面と外面を考察してしまうと、

はて?何のことを言っているんだ?

「見えるor見えない」の意味がわからないぞ?

となるのは当然のことだと思います。

この違いをしっかり理解して、今後のお勉強に活かしていただければ嬉しいです。

次回もお楽しみに♪

半田さんの語っている視点の位置を、多くの方は見落としているという事実があります。半田さんはつねに主体側(奇数側、等化側)から語られているので、客体化している私たちの意識では、半田さんの言葉をそのままストレートに受け取ると、ヌーソロジーの概念を間違って捉えてしまうことになります。

半田さんの語る内容を、客体化している私たちは「反転して」捉えないといけないのです。つまり、「翻訳」が必要なんです。ここがヌーソロジー解説情報を発信している私も難しいところです…。

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